
Nosotros ノスオトゥロス
Artist
Matsukawa Haruko
松川 暖子
母が元々絵をやっていたということもあって、私自身もすごく絵を描くことが好きでした。描けるところならどこにでも、家の壁や集合住宅の共用部分の壁にまで描いたりして、母がそれを掃除して消していたのを覚えています。すき間があればどこにでも描いていました。でも中学生くらいになると、自分の絵に劣等感を覚えて、描くのをやめてしまいました。その後は理系の道に進み、IT関連企業に就職しました。しかし、心の中には常に、アートがありました。自分はデッサンなどちゃんとした絵の勉強をしていなかったので、学校で絵を学ぼうと決めました。運が良かったのか、多摩美術大学に入りましたが、基礎力がないまま入ってしまったので苦労が多かったです。当初はJICAのような、どこかの国のどこかの村で子どもたちの絵の先生にと考えていましたが、世の中に自分の絵が好きって言ってくれる人が一人でもいることを知って、作家の道を選びました。 キューバ音楽やボサノヴァとかラテン音楽が徐々に流行りだした二〇〇〇年頃、ラテン音楽を聞きながら絵を描くようになり、ラテンアメリカへの興味が湧いてきました。そして後に訪れたのがキューバでした。でもその際、たまたまトランジットで立ち寄ったメキシコシティの空港で不思議と惹きつけられるものを感じたのです。鬱蒼とした重苦しい空気のような何とも言えない感覚。そしてそのまま街に入ったら、空気は相変わらず鬱蒼として重苦しいのに、太陽の光と色とりどりの街並みに惹きつけられました。日本に帰国後、スペイン語の勉強を始めました。美大を卒業後、仕事で一カ月くらい休みがあったので、今度はオアハカへ行きました。オアハカはメキシコ国内でも先住民の文化が色濃く残っている地域なのですが、赤い縞模様のウィピルを売っているところを見つけました。そのウィピルがどうにも印象的だったのです。帰国後に、やはりメキシコで美術をやりたいという思いが一層強くなり、結局、2008年に再びメキシコへ長期滞在のため、オアハカへ行きました。紆余曲折があり、結局、先住民の織物を習いながら絵の制作をしていました。実はそこで出会った夫が、あの赤い縞模様のウィピルの民族のトリキ族の研究をしていたのです。縁なのでしょうか、トリキ族の神話の絵本制作を手掛けることができました。自分の絵は日本人なので、日本的なものが強いと思います。日本の美的感覚には空間の美というものがありますよね。逆にメキシコは石碑とかコデックスとか空間を埋めるところがあって、相反します。それに私は曖昧なぼかし的な水とか光や空気感といった抽象的なものを描くのですが、メキシコは歴史的に壁画的なものを好む傾向がありますね。自分の中ではそれをうまく融合させたいっていう気持ちがあったのですが、そういう中に自分が入った時、絵が混乱してどうしたものかと悩みました。でもオアハカでの生活の最後の頃には開き直っていました。メキシコで生活して実感したのは、こちらは好きでもメキシコはそうじゃなかった。片思いみたいな滞在でした。自分のモチーフは水や空気から生まれる光とか、空気感なんです。水は変化するものだし、何かを生み出す。生み育てるものでもあるし、洗い流したり、洪水のように破壊するものでもある。美しい水もあれば、汚いものもありますよね?人の心もそれと同じく、水が凍るように硬くなったり、水は指の間にこぼれ落ちるように人の心も掴めなかったりします。人間の心と自ら生まれる光や空気がこれらを投影しているって思ってたんです。色々なところへ行って全然違う事をしても、それを水のように形を変えながらも、常にそこにあり続けたことが、今の自分と作品になっているのだと思います。今回出品する作品は、なかなか行けなくなって今や遠い記憶になってしまったオアハカ。その土っぽさとか、オアハカっぽさを想い、意識して描いてみました。


多摩美術大学造形表現学部造形学科油画コース卒業
2008-2012
メキシコ・オアハカ州にて作品制作をしながら先住民の織物を学ぶ 日本国内のほか、メキシコ、アメリカ、スペイン、韓国など展示活動を行う 作品制作の傍ら、子ども若者支援、多文化共生などソーシャルワーカーとして活動中
≪出版物ほか≫
2010.10 絵本「コパラ・トリキの太陽と月の神話」
2011 「中南米マガジン オアハカの祭り」寄稿
2017年
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros1」
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros1 トークショー」
2018年
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros2」
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros2 図録」
2019年
「ラテンアメリカ探訪公募展 Nosotros3」
2021年
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros4」
2022年
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros5 SOL」
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros5 LUNA」
2023年
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros6 ラテンアメリカの壁」
2024年
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros7」
2025年
「ラテンアメリカ探訪アート展 Nosotros8」